天狼院書店✕MUNSELL - 納まらないのは、量のせいではないのかもしれない

2018.12.13

ART

天狼院書店✕MUNSELL

納まらないのは、量のせいではないのかもしれない

  • twitter
  • facebook
  • line

30歳を機に広島から東京へと引っ越してきた私は、うず高く積まれたダンボールの山と部屋の中の収納スペースを見比べながら呆然としていました。部屋の間取りは広島時代と比較して約半分なので、荷物が納まらないことは覚悟をしていました。それを見越して、処分できるものは、処分してきたつもりです。それなのに、どう考えても荷物が納まりそうにないのです。

1番のネックは、段ボール5箱分にも及ぶ本でした。もっと減らしておけば良かった、といくら思っても後の祭り。私は、玄関脇やトイレの上の棚など、部屋の中のありとあらゆる所に、まるでパズルを解くかのように、本を置いていきました。

この本はわざと横倒しにして積んだほうが見やすいんじゃないか。本屋さんみたいに表紙が見えるように置いたらカッコいいんじゃないか。ほかにも、トイレに置くからこそ短く読めて同時に元気が出る本がいいんじゃないか。などなど。

すると、絶対に無理だと思われていた量の本がみるみる納まっていくのと同時に、新たな発想が生まれてきました。

数時間に及ぶ格闘を終えると、広島時代に雑多に置かれていた時とは比べ物にならないほど、素晴らしい配置となりました。

今私は、朝目覚めて起き上がるのがツライ時は手を伸ばし、糸井重里さんの言葉を読んで気持ちを整え、出掛ける直前に画集を手に取り、ほんのわずかな時間ではありますが、絵の世界に浸って気持ちを切り替えて仕事に向かっています。

私がしたのは、ほんの少し収納の仕方を考えて、工夫しただけのことです。それなのに、本たちがあるべき場所に、あるべき形で置かれたことで、1冊1冊が本来の能力以上のものを発揮してくれているように思います。

『納め方が変わるだけで、得られるものはまるで変わってしまう』

この気づきは、それ以降の私の生活を、とても豊かなものにしてくれています。そして、最近、この納め方に関する気づきが、実在しないものに対しても使えるのだと確信できる出来事がありました。

それは、とある展覧会に出掛けた時のことでした。

一人の世界的に有名な画家の作品、およそ100点が展示されたその展覧会は、自画像や家族の絵画など、描かれたテーマごとに展示が分けられていました。会場に入り、素直に展示の順番通りに作品を見ていったところで、ふと違和感を覚えました。しかもその違和感は、進めば進むほどに膨らんでしまい、20点ほど見た辺りで破裂してしまったのです。私は鑑賞者の列から離れ、立ち止まりました。

『なんかわかりにくい』

違和感の正体は、これでした。
一つひとつの作品は、画家の個性が出ていて非常に面白いのですが、展覧会全体の流れとして見ると、どうにもスッキリしない部分があるのです。

私はどうしてそんなことを思うのか、不思議に思いながら、注意深く作品や、作品の解説を見ていくと、そのうちに答えに気づきました。

違和感の正体は、展覧会の作品の順番だったのです。

この展覧会では、テーマごとに作品を並べ、作品が必ずしも時代順に並んでいませんでした。なかには作品と作品の間が、10年以上空いているところもありました。

もちろんこれは、世界的に有名な作品を持つ画家が残した、さまざまなタイプの作品をテーマごとにわかりやすく見てほしいという、展覧会側の意図だったのだと思います。しかし、私個人の好みとしては、一人の画家の作品を見るならば、その画家の人生がどんなものだったのか、どんな変化をしていったのか、という点に注目したいという思いがあったので、そのズレが、私が抱いた違和感につながってしまったのです。

このズレを解消するためにどうしたら良いのだろう。

そう考えた私は、展覧会の最初に戻って一つひとつ作品解説を見直し、製作年が古い方から新しい方へ、脳内で勝手に順番を書き換えながら、頭の中に納めていくようにしました。すると、さっきまでは理解するのを拒否しているかのようになかなか頭に入ってこなかった作品が、面白いぐらいにすんなりと、頭に納まっていくのを確かに感じました。

先ほどまでのモヤモヤも吹き飛び、純粋に楽しむ気持ちで作品世界に没頭してしまえば、自然と顔に笑みが浮かぶのを感じるほどです。

若くして立て続けに肉親を亡くした影響からか、暗く、寂しい印象ばかりを受ける作品から徐々に、年を重ねるにつれて明るく、優しい作品へと変化していく姿は、一人の人間の成長を追うドキュメンタリーを見ているかのようで、最後には『幸せになれて良かったね』と、拍手をしたくなるほどでした。

そしてこれはきっと、展示されている順番通りに作品を見ていったら得られなかったものだと思います。

引っ越しの荷物を納めていくのと同じように、一つでも多く納まるように考え、より良く見えるように、理解できるように自分の頭の中に納めていく。そうした工夫を忘れてはいけないのだと、思わせてくれる経験でした。

天狼院書店に転職して1ヵ月、まだまだ不慣れで上手くいかないことも多いけれど、その原因は、もしかしたら、頭の中の『納め方』にあるのかもしれない。そう考えてみれば良いのだと、思わせてくれたのでした。

Written by Nagai Seiji
Photos by Natsumi Yamanaka and more

天狼院書店とは

京都、福岡、南池袋、池袋駅前、2018年4月には「Esola池袋」、さらに「スタジオ天狼院」を加えて全国に6拠点を構える新刊書店。「READING LIFE」をテーマに掲げ、本を読むだけではなく、その内容を「体験」を通してさらに楽しもうと、連日さまざまなイベントを開催している。

  • twitter
  • facebook
  • line